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「母親失格」のレッテル貼りと責任と覚悟(Twitterまとめ)

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人気モデルの道端アンジェリカさんが「週一でベビーシッターに任せて彼とデートしたい」とテレビ番組で発言し、それに対して批判が殺到しているそうです。

私もちょうど最近、『なぜ「Take it easy」な育児は許されないのか』というタイトルで関連記事を書いていました。アンジェリカさんの発言に限った話ではなく、ここ最近何かと話題になる「母親なら○○すべき」論について、新たに考えたことをまとめておこうと思います。

★過去の関連エントリー

なぜ「Take it easy」な育児は許されないのか
...

「親なら子どものためにこうするべき!」という厳しい目を向ける若い人が多いのは視点が子どもサイドだからなので当然?
親の心子知らず、そのへんの親の心、他人知らず。知らないことが悪いわけではないと思うし、知る必要がない場合もある。かなしいなあ、と思うけど、自分も親に多くを求めた過去があるので、なんとも複雑な気持ち。

ちょうど最近、「幼稚園グッズはお母さんが頑張って手作りしてあげるべき!」と幼稚園サイドから要求されたというツイートが、育児クラスタの間で話題になっていました。

https://instagram.com/p/0R1wwDPC3P/

幼稚園グッズが揃いました。これなんと、全部手作り!ランチョンマットの刺繍は手縫い!もちろん私が作ったわけではないです!!ヨーコさん(@yookobruno )ありがとう!!!天才か

結局のところ、他人に何を言われようがその時にできることをやるしかない。

大多数と書きましたが、もちろん例外も様々あるでしょうね。それはそれで苦悩がありそう。虐待やネグレクトを肯定はしないけど、そこに至った背景を無視して安易な否定もしたくない。母親失格と決めつけるのは簡単ですけど、私も決めつけられたくはないですし。

誰のどの意見を参考にするかは、自分で決められるし、自分や自分の属性(母親など)に向けられた意見のすべてを真摯に受け止める必要はないんですよね。

アンチの意見を参考にした話
...

過去に「アンチの意見を参考にした話」というタイトルで思うことを書きましたが、あれからも色々とあり、今はそんなふうに考えるようになりました。それが本当に自分のためになると思うのなら、参考にするところはすればいいし、何も得るものがなさそうなら無視しても構わない。

罵詈雑言の中にお宝を見つけようとするのは、明らかに自傷行為なので、私はもういいかな…と、思いました。そんなことをしなくても、知る方法はいくらでもありますから。

「〜すべき!」という誰かの意見は、その人がそうしなければならないと思っている、その人の価値観に過ぎないですし、そしてそれは、善し悪しでも、従わなければならない義務でもない。当事者に押し付けていいものかどうか。覚悟と責任があるかどうか。

子育ては特に正解がなく、周りからなんやかんやと言われながら、できないことを何とかする方法を模索したり、「これでいいんだ」と時に自己正当化をしながら、自分の信じた道を行くしかない。その結果、子どもの将来がどうなるのか、その因果応報を受け容れることができるかどうか。誰かの意見を聞くことも大事だけど、それで失敗しても、その誰かのせいにはできない。

週一でデート、そういう家庭もありでしょう。そうすることで夫婦関係が安定し、円満家庭を築くパターンもあるでしょうし、夫婦関係が良好な家庭で育った子どもは、情緒が安定したり、自己肯定感が育まれると聞いたことがあります。「子どもを放ったらかしにして毎週デートだなんて」と否定をする人もいますが(私もたぶんそれが可能だとしてもしない)「けしからん!」と、赤の他人がよそさまに過干渉してみても、余計なお世話以外の何物でもない。

よそはよそ、うちはうち。

こんだけ長々と書いておいて、結局これ。わあ。当たり前。いつも通りか。

ここまで読んで下さって、どうもありがとうございました。

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子育て・育児日々の考察
望月志乃の ひびわれたまご|ADHD主婦・イラストレーター

コメント

  1. 子育ては正解がない。ですよね。
    人生も仕事や結婚やお金の使い方などいろいろ正解がない。
    でも何故か育児だけはやたら外野がうるさいですよねー。。それだけまわりも苦労してきたから色んなガッチカチの押しつけのような意見(母乳神話、3歳児神話、母親がデートは不謹慎etc)が出るのでしょうね。
    私は産後うつで死にかけ、震災被災地じゃない関東在住のくせにうつがぶり返し、二人目を悪阻がひどすぎ堕胎を余儀なくされ死にたくなり、すぐに一人目が難病で入院し(なんとか後遺症が残らず生きています)、義理の兄が若くして病死したり、たった8年で何度も死を近くに感じることがまとめてやってきました。
    それでたどり着いたのは、私は大好きな猫を飼い一緒にダラダラくらしています。犬も好きだけど人から褒められたい、認められたいという承認欲求が強く、自分の性格と被って痛々しくなるので猫さんと暮らしています。
    猫は自分の快、不快をきちんと知っていてそれを素直に表現してくれる。しかもちゃんと私たちの気持ちをくみ取ってくれる。猫ちゃんは私の生き方のお手本であり、よりどころです。
    猫の生き方が本質的だなと思うので迷ったら猫(かわいいし、優しいし、平和主義)とふれあい、自分の軸を中庸に調整しています。

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