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「発達障害者には、1から10まで説明しないと分からない」に対する違和感と反論

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※発達障害には個人差があり、全ての人がそう感じるというわけではありません。この記事の内容は、個人の見解であり、発達障害者を代表する意図はございません。

■発達障害に対する勘違いを何とかしたい
A「それ取って」

B「それってどれ?」

A「醤油に決まってるだろ……」

さて、AとB、どちらが発達障害か?

今、世間ではBが発達障害とされている。

具体的に言われないと分からない、察することができない、空気が読めない、行間を読めない。

確かに、それらは発達障害の特徴である。

しかし、実際にはAの方が重度の発達障害である。

Aは「それ」が醤油だとわざわざ言わなくても伝わるはずだと思ったから言わなかったのではなく、自分にとっての「それ」が醤油であることは口に出さなくてもBが共有している情報だと勘違いしているのである。

この「自分の持っている情報は伝えない限り他人とは共有されていない」という当たり前の事実を正確に理解できない、というのが発達障害の本当の問題である。

身近に発達障害者がいない人には到底信じられないかもしれないが、彼らは誰がどう考えてもお前しか知らないだろそれ、という話を、こっちが知っている前提で話してくるのだ。

そして、そういった発達障害の特性は世間にあまり認識されていない。

実際には発達障害者こそ他人に「察する」「空気を読む」ことを強要しているのだ。

発達障害者は必ずしも弱者ではないし、その特性ゆえに身近な人を苦しめることもあるのだという認識を持ってほしい。

引用元:https://anond.hatelabo.jp/20161104204321

はてな匿名ダイアリーで、このような投稿が話題になっていました。
(※現在は削除されたようです。)

この方の、身近な発達障害者がそうだったのかもしれない。

なんだか「お互い様なんじゃないかなあ」と思い、考えをまとめてみることにした。

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発端

そもそもなぜ、こんな話になったのかと言うと、友人が私との何気ない会話の中で、とある新聞記事を読んだことを思い出し、「志乃さんは理解の仕方が違うのかもしれないね」と言ったことが発端。

上記の記事では、とある発達障害児が、授業の最後に教師から「習ったところを音読してきてください」と言われたことを受け、「習ったところを全部音読してきてください」と理解してしまった例を取り上げている。

教師や親にとっては「言われなくても当たり前に分かること」が、何故か理解できない児童。児童にとってみれば、「習ったところ」と言われればそりゃ「習ったところ」、つまり全部なのである。

「そうではなく、今日やったところだけでいいのよ」。

こちらとしては、何故わざわざそんな誤解を生む可能性がある言い方をするのか不思議に思う。

自分にとって当たり前のことは、他人にとっては当たり前ではない

「細かく指示をされないと分からない」であるとか、「言葉を額面通りに受け取ってしまう」というのは、アスペルガー症候群(現在の自閉スペクトラム症)の特徴とされる。私の場合は、注意欠陥・多動性障害(ADHD)のため、だいぶ話が違うのだが、理解できる部分もある。

空気を読んで、理解しあっていると思うのは実は錯覚

空気を読みあって詳しく確認しないまま、てっきり相手も自分と同じことを話していると思っていたが、実は全然別の話だった…という事例や、言葉など何もいらない、心で通じ合っている…と信じていた恋人に裏切られたとか、そういう話はいくらでもある。

自分と他人は違う人間であり、自分の思っていることは、何も言わずとも相手も分かっている…なんてことはない。分かったつもりになることは出来るが、違う人間である限り、どこかで多かれ少なかれ、ズレは存在している。

めんどくさいので省略→誤解される

もしかしたら、「省略しても問題ない」と思う部分が、違うのかもしれない。

「それ取って」と言われ、相手が求めているものが醤油でなかった場合、のちのち問題がある…というか「これ?それともこれ?あ、違う?」というやり取りを先に想像してしまって、考えただけで面倒くさいので先に聞きたいと思う。なので、そこを軽く確認すると、その度に「普通わかるでしょwww」と言われ、正直、若干、イラッとする。「正確に」わかんねぇから聞いてんだよと。

かと言って、いちいち「一応、念のための確認なんですが、それというのは醤油で合ってますか?」と返すことが、ふさわしいとも思わない。相手もイラッとすること請け合いである。

面倒くさいので最初から合理的にやろうよ

面倒くさい。

主語と目的語がない人の相手が、面倒くさい。

「あなたも私と同じでしょ?」という前提で話す人が、面倒くさい。

ミスを避けるためにいちいち確認しないといけない人の相手が、面倒くさい。

最初から合理的かつ効率的に指示できる言い方が他にあるのに、何故わざわざ誤解を生む表現を選ぶのかが分からない。

いや、分かるよ。言いたいことは大体わかる。きっとそうなんだろうなとは思う。でもね。そこ間違ってたら大変だから、こっちは確認しているわけであってね。なぜ、不親切な指示出しをしておいて、細かく確認しておこうと思った方が責められるのか、本当に意味がわからない。

「塩 適量」って、なんだよ。 

はっ。

話がそれた。

つまり、何を言いたいのかというと、定型発達(発達障害ではない人のこと)の人と、発達障害者では、会話の省略の仕方が違うのかもしれないと思った次第。

「今度、遊びに行かない?」

「今度っていつ?」

「わかんないけど…来週あたりどう?」

「来週…じゃ、土日はどう?」

「それより~、どこに行く?(※行きたいところがある)」

「(…それより!?結局いつ!?※それによる)どこに行きたい?」

「えーー…どこがいいと思う?」

「どこでもいいよ…(めんどくさくなってきた)」

「じゃあ、あそこにしない?分かるでしょ、あそこ」

「どこでもいいよ…(ねむい)」

「ちょっと!ちゃんと考えてよ!!?〇△□~~」

「最初から5W1Hをハッキリ伝えれば無駄がないのに、意味のない情報ばかりで要領を得ない」と思うこともあるが、「その何気ないやり取り」が、「たのしい会話」と感じる人もいるし、その気持ちも分かる。

「来週末に、キュアモフルン観に行かない?」

「行く」

個人的には、こっちの方がいい。

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さすがは姫プリスタッフ。素晴らしかったです

結論

お互い面倒くさい

現場からは以上です。

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コメント

  1. 日本語は世界でも珍しく主語を省略しても伝わる言語だからね。
    察する能力が他国に比べて抜群に発達していて日本は察する文化の国だ、と言われる位なんで、それを当たり前に思ってる日本人が多いのかもしれませんね。

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