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親の愛は「手間」に宿るのか?子ども用ハーネスが嫌がられる理由について考える

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度たび、話題になる「子ども用ハーネス」問題。

発達障害を抱えた多動児や、後先考えずに全力で道路に飛び出してしまうヤンチャっ子の安全を守るための「命綱」として、利用する人が増えている。

ネットで何度も、理解と寛容さを求める親サイドからの主張を見てきたが、相変わらず「ペットを散歩させているみたいだ」「親がちゃんと見ていて、手をつなげばいい話」「親がラクをしたいだけ」という感想を持つ人が少なくないようだ。

言ってしまえば、おそらく「実情」と「理想」のギャップに戸惑ってしまう人が多いのだろうと思う。今日はそのことについて考えてみる。

 

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デザインの力で解決しようとする大学生が話題に

「子ども用ハーネス(迷子ひも)が嫌がられるのは、見た目の印象が悪いからではないか」ということに着目し、デザインの力で解決を試みている大学生が話題になっている。

「ペット(犬)を散歩する用のリード」に見えない迷子ひものデザインを考え、3つの試作品を公開。幼児を子育て中の保護者に向け、ツイッターでアンケートを開始。私もタイムラインで見かけて、回答した一人だ。

 

犬の知能は人間でいうと2~3歳児といわれている

こんなことを言うと怒られそうだが、歩き始めの1歳児の知能は、そもそも犬以下ということになる。「手をつなげばいい」と言う人は、1歳児と手をつないだ経験がないか、よっぽど大人しい子どもを相手にしていたんだろうなと思う。

つながるのを嫌がったり、無理やりつないだとしても、簡単に振りほどかれてどうにもならなかったり、ほんの数秒、手を離した隙に、命知らずな行動に出ることが少なくない。

犬よりも思い通りにならない相手を、犬にもできない、犬以上のやり方で、「眼力」と「注意力」の力だけで対処することを要求される。それがどれだけ無理ゲーかは、一度でも経験してみれば分かるはずだ。

 

「見た目の心象の悪さ」だけが問題なのか?

それも大いにあるだろうが、それだけではないのだろうと私は思う。

親が「ラク」をしたり、「手間」よりも「実用性」を求めようとする時、世間の猛反発に遭うことが少なくない。

「親が楽をしようとする」ということ自体に、嫌悪感を抱く層が存在するのだと思う。

 

楽=手抜きで、手抜き=「愛がない」=「悪」なのか?

「料理は愛情。健康を考えながら、手間をかけて作ることに意味がある」など、手間をかけるのが愛情だとする価値観もある。

その価値観自体を否定はしないが、個人的には疑問が残る。愛とはそんなもので括られるものなのか。そんなに単純で、分かりやすいものなのか。

昭和時代、炊飯器や掃除機が登場した際にも、「女房に楽をさせるな」と世間の猛反発に遭ったと聞く。便利な道具で、家事・育児の負担を軽くすることを、悪いことだと感じる人もいるらしい。

わかりにくいものだからこそ、目に見える形で示されると、安心するのだろうか?

それとも、愛よりも「実利」をとったように見えて、愛がないように感じるのだろうか?

 

子ども用ハーネスを使う親は、その子を愛していないのか?

当然、NOだ。どうなってもいいなら、そもそも命など守らない。

迷子になってもいいと思っているのなら、迷子ひもなんか使わない。

心象が悪く、世間からどう思われるかを理解したうえで、それでも子どもの命を守ることを優先しているわけで、それが愛でないのなら、何が愛なのか分からない。

 

よその親の行いが気になるのは、自分の心の問題だったりして?

また、「私の時はそんなものなかったけど何とかなった(私は頑張った)」と主張する人もいる。

「もっとちゃんと気にかけてあげてほしい(私は子どもの頃、親に気にかけて貰えず辛かった)」など、過去の自分にその子を重ねて、子どもを気の毒に思う人もいる。

本当に言いたいことは、カッコ内だということも、往々にしてあるんだと思う。

「私は辛かった」ということを本当は言いたい相手に、「私はちゃんと自分の子どもを気にかけている!」と返しても、たぶん永遠に噛み合わないだろう。

飛躍し過ぎかもしれないが、みんな、ただ自分の頑張りや苦しみを認めて欲しいあまりに、他人に厳しくなってしまうのではないかと思うことが多い。 

 本来であれば自分とは無関係の「よその親」の行いが必要以上に気になる人は、自分の中に傷ついた小さな頃の自分(=インナーチャイルド)を飼っている可能性もある。

「もっと愛して欲しかった」とか、「もっと自分のことを見て欲しかった」とか、そういう気持ちを胸の奥に抱えている状態で、未熟に思える「よその親」の行いを見かけると、他人事ではなくなってしまうのかもしれない。

「なんとなく感じ悪い」から、脊髄反射で叩く、という人もいるかもしれない。

 

何にせよ、やり玉に挙げられがちな「子ども用ハーネスを使う親子(本人たち)には何の関係もないところで、理不尽に叩かれることもあるんだろうと思う。

みんな「心配」している?

子ども用ハーネスに対して不寛容な人間をゼロにするということは、おそらくまず不可能で、これからも話題になり続けるだろう。

子どもがハーネスを装着されている姿をみて「愛がないのでは?」と心配する人はきっといなくならないし、それはそれでその子に対する愛の形と言えなくもない。

ただ、デザインの力によって、そうやって「心配される」ことが減り、少しでも傷つく人が減るのなら(その姿を見て傷ついている人もいる)、とても素晴らしいことだと思う。私はこの活動を心から応援したい。

現場からは以上です。

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子育て・育児日々の考察
望月志乃の ひびわれたまご|ADHD主婦・イラストレーター

コメント

  1. 私は9ヶ月の息子がいます。
    まだ歩けないですが、ハーネス利用肯定しています。
    理由は6年前に20代前半で若年性脳梗塞になり後遺症として残ったのが左側半身麻痺、そのため走り回る子供を十分に追いかけられないであろう、からです。家事も育児作業もほぼ片手でやらねばならず、両手が利く人より、何倍も時間が掛かります。
    足が悪く全力で走れない、片手でしか子供を守れない私にハーネスはとても助かる補助用具の一つとして見ています。子供がかわいそう、と言っている方の言い分も理解できます。ただ、自分の子供は自分でしか守れません。飛び出し、何かあった場合に親がちゃんと見ていないから、と責められるのは親ですから。ベビーカーもそうですが、子育て世代にも少ないけど障害が残る人々があり、子供の安全を考えた最善の結果、やむを得ない選択の人もいると考えてくれる世の中になればいいですね。

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