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「ママがパパを指導してあげて」がミスマッチな理由

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「パパが家事育児に協力してくれない」
「パパに安心して子どもを任せられない」
「パパが主体性を持って、自分から動いてくれない」

 そういう悩みを持つお母さんは、多いのではないでしょうか。

そう言ったお悩みについて、度々「パパはどうしていいか分からないだけだから、ママが新人研修をするつもりで指導(教育)してあげて」という旨のアドバイスがされることがあります。

その度にママ側から「違う、そういうことじゃない。」という反発が起こるわけですが、それが何故なのか、どうにも伝わりにくいようです。

そこで、自分なりに考えたことを、まとめていきたいと思います。

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指導教官(頼れる人)が誰もいない中で頑張るしかなかったママ達

突然2人きりにされて途方に暮れた初日の思い出

突然2人きりにされて途方に暮れた初日の思い出(昔の下手な画像ですみません…)

産前産後に、自分なりに勉強をしたり、母親学級などで簡単な指導を受けることはありましたが、実際のお世話については、ほとんど未知の世界からのスタート。

子どもを産んだからと言って、急に「ママ動作プログラム」がダウンロードされるわけでもなく、助産師さんが、手取り足取り付き添って教えてくれるわけでもなかった。

 気を抜くとすぐ命を落とす”未知の生物”を相手に、自分が全責任を持って、対処していかなければならなかった。

たった一人で、産後のボロボロの体で。

その時の苦しみが、悲しみが、重圧が、努力差が、意識の差が。

夫婦の溝を深めてしまう。

 

 

わからない。怖い。どうしたらいいの。

でも、自分がやるしかない。

そうしないと、この子は死んでしまう。

そういう歴史があるからこそ、「ママに任せる」という態度のパパに怒りを覚えるし、外野からの「パパに教えてあげなよ」というアドバイスに、ズレを感じてしまう。

ママを頼るなら、せめて真剣に話を聞いてくれ

 

「手伝って欲しい」んじゃなくて「危機感を共有」したい。

確かに、新人研修のように、パパを手取り足取り指導することで、「手伝ってくれる」ようにはなるかもしれない。

表向きは、「合理的に問題解決された」かに見えるかもしれない。

 

でも、そうじゃないんだよね。

 

「自分と同じように頑張って欲しい」とは言わない。

「自分と同じだけ危機感を持って欲しい」という気持ち。 

違う人間だからこそ、それが無理だと分かっていても、「寄り添おうとする姿勢」が見たくなる。

 

ママは「指導を受けてないから、できない。」じゃ済まなかった

指導する側と、される側の関係は、対等ではない。

その圧倒的な「知識と経験と意識の差」が、生まれてしまったことが悲しい。

 

どうして自分から調べようとしないのか。

どうして問題意識を持ってくれないのか。

どうしてもっと真剣に考えてくれないのか。

どうして「教えられてないから」と人任せにできるのか。

どうしてパパは、世間的にそれが許されるのか。

 

 

まとめ

「どうしてママばっかり!」「誰にも頼れなくて苦しい!」「誰か助けて!」という嘆きは、「寂しさ」から来るもの。

その苦しみに対して「パパに多くを求めずに、合理的に対処(指導)すればいい」というアドバイスは、益々、パパと自分の差が浮き彫りになって、ママの孤独感を深めることにしかならない。

指導をすれば、家事は手伝ってくれるようになるかもしれないけど。

育児も手伝ってくれるようになるかもしれないけど。

 

指導教官になって、指示通りに動く部下が欲しい訳じゃない。

命がけの戦場で、安心して背中を任せられる、相棒が欲しいんだ。

 

「悪いが、こちらも命がけでね。イチから育ててやる時間も余裕もないんだ。生き残りたければ、話すことをしっかり聞け。自分の頭で考えて、行動しろ。ここは戦場だ。それを忘れるな。(銃のセーフティロックを外す)」

 

新人に対して、教育もせずに即戦力を期待するのは、おかしい。

現実的に考えたら、割り切って優しく指導するのが、一番合理的で、手っ取り早いのかもしれない。

でもそれで「寂しい」「不安だ」という感情を解決できるのなら、誰も苦労はしない。

 

本当のところは「自分並みに家事・育児を手伝って」と言いたいわけではなくて、「危機感を共有」したいだけなんだ、きっと。 

 

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子育て・育児日々の考察
望月志乃の ひびわれたまご|ADHD主婦・イラストレーター

コメント

  1. 自分はやらない、やろうともしない、学ばない。けれども、事育児に奔走し、疲労困憊、ストレスフルな妻を受け入れ、行き届かない家事・育児を大目に見ることが、「夫としての役目」であり、「であり、「妻への愛」であると勘違いしている父親も多いのでは??と思ったり増します。

  2. この先の人生という命がけの戦場で、安心して背中を任せられる、相棒だからと思ったからこそ結婚し、子供をつくったんだよね?旦那さんを信じてあげればいいんではないだろうか?してほしいことをストレートに伝えないと、旦那さんは正解を探して動けなくなるよ。あなたのことは思っているのに、これやったら怒るかな?これやったら楽になるのかな?よし、やってみた、あれ、なんか機嫌悪いぞ、どうしたらいいの?どうすればよかったの?って。ADHDの方なら、こういう気持ちわかるはず。相手の思考回路まではしばれないよ。思考の途中や結果はどうあれ、あなたのことを思って行動しているはずだから。相棒を信じてあげて下さい。

  3. 妻は子供を風呂に入れることが出来ない。だから自分が帰宅しないと子供を風呂に入れられない。寝かせられない。子供の成長や健康を守れない。
    でも1馬力の稼ぎで家族を養わなければいけないかた会社からも評価されないといけない。
    そのプレッシャーの中、5年間仕事と家庭の板ばさみで頑張ってきたが、妻は私のもつ危機感をわからない。
    自分も、専業主婦で育児をメインでやっている妻の危機感を共有できているとは言いがたい。
    どこまでやっても、どこまでいっても、どれだけ頑張っても、どれだけ同じ時間を過ごしても、どれだけの苦労や喜びを分け合っても、違う立場で動いている違う人間が危機感を共有するなんて無理。
    自分たちは共有できてると思ったとして、それは「共有できてるように思わせる言動を相手がしている」っていう意味でしかないし、相手の心の中のことなんかわからない。
    結論として、感情なんて見えないものを共有するなんていう不可能事を目標にするのは互いの溝を深めるだけだと思う。

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