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泣くのにも助走がいる

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本当のことをいえば、泣きたくなんてないんだけど、

人生には、思いっきり泣いた方がいい時もある。

今のわたしは、まさにそれ。

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こんなの たいしたことじゃない

幼い頃から、何か辛いことがあった時に「こんなの、たいしたことじゃない」と、感情を押し殺す癖がある。

そうすることで、自分の心を守っていたんだろうが、気づかないふりをしていただけで、今も昔も、きっとしっかり傷ついていた。

「なんてことない、平気平気」と、自分を騙し続けて、いつしかそれが当たり前になって、自分が本当に平気かどうかすら、わからなくなっていく。

自分を守るために手に入れた鈍感さ

心の表面を、鈍感にして、気づかない間に出来ていた、大きくて消えない痣。

 

そういう生き方をしてきてしまうと、「ここは泣くべきだ」、とわかっている場面でも、そう簡単に涙は出ない。 

「いやいや、そうは言っても、そんな大したことじゃないし。こんなことぐらいで、心を乱されたくないし。ってか、どうでもいいし。大人として割り切って、さっさと終わらせてしまいましょう。」

 

そう思っているはずなのに、何故だか眠れなくなってしまって。

いろんなことを考えて、止まらなくなってしまって。

精神安定剤を飲んでいるはずなのに、そわそわ、イライラと、いつまでも落ち着かない自分に気づき、(あれ、おかしいぞ?)と、ここでようやく、異変に気づく。

 

心の奥に押し込まれていた怒り

長いあいだ、心の奥に押し込んでいた怒りは、なかなか表面には浮き上がって来ないもので。呑気に(あれ〜?怒っているのかな〜〜)なんて、他人事のように考えてみたりして。

 

そして、そこから「自分は怒っているんだ」ということを自覚してしまうと、今度は後から後から湧いて出てきてしまう、やるせなさ。

自分が自分でいるために、自分で自分の尊厳を守るために、許してはいけない怒り。

しっかり怒って、怒りを噛み締めて、そこでようやく、そのさらに奥に隠れていた悲しみに辿り着く。

 

うれし涙や、もらい涙なら、簡単に出てくるのに、

押し殺した怒りや、悲しみの涙は、かなりの助走がいるもんだ。

 

大したことじゃないなんて嘘

本当はしっかり大したことだったから、大したこととして認め、私の中からしっかり成仏できて良かった。 

なんのこっちゃか分からないでしょうが、そういうことってあるよねってことで、ひとつ。

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日々の考察毒親
望月志乃の ひびわれたまご|ADHD主婦・イラストレーター

コメント

  1. 今回のこのブログ・・・
    凄く気持ちわかります。
    私は、気持ちがわぁーってなりそうな時
    助けて、辛い、苦しい、でも何が辛くて苦しいのか
    分からないの!自分で自分が分からないの!
    逃げ出したい。誰もいない所に避難したいって
    訴えてくる自分と
    しっかりして!大丈夫だから!しっかりして!
    お母さんなんだから、しっかりして!
    子供達を不安にさせたらダメだよ!
    笑って、笑って、できる、できるから笑って。
    必死に封じ込めて立ち直ろうとする自分と
    いや、いや、なんかうぁーってなってるけど
    本当はたいした事じゃないでしょ〜
    自分に酔って、軽く演技してるんじゃないの?
    たいした事じゃないんだから、大変なフリなんで
    するなよ〜って自分がいて。
    最終的には、お母さんだからしっかりして!
    笑え!笑え!って自分が封じ込めに成功して。
    スッと何事もなくなる・・・
    自分でも気持ち悪くなるくらい、不自然な笑顔で
    あぁ、私、病んでるなぁって冷静に思って。
    なんだかなぁ・・・

  2. 私も、毒親持ちで、気持ちに蓋をして生きてきました。
    なので、とてもよくわかります。
    そんな気持ちに気付いてしまってからの感情は、なるべく早く消化するようにしていますが、今でも、昔の忘れたはずの出来事や感情が噴き出して、「あ~!!」ってなって、どうしようもなくなることがあります。
    今、自分を大事にしようとがんばっているところです。

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