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	「発達障害者には凹しかない」がありえない理由〜リフレーミング〜 へのコメント	</title>
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	<description>のんびりADHDママの生き方考察ブログ</description>
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	<item>
		<title>
		malee より		</title>
		<link>https://shinoegg.com/entry/reframing/#comment-61</link>

		<dc:creator><![CDATA[malee]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 03 Nov 2018 11:44:43 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[空気が読めない→自分のペースに忠実
例えばAさんは、お葬式の時に笑ってしまう。真剣に悩んでいる人を茶化してしまう。こういった「人を傷つける行為」に対しての&quot;空気が読めない&quot;というのは、批判されても当然だし、批判されなければならない事だと思います。そこでもし、発達障害を持ち出すのであれば、特別視されても仕方がないと思います。
「発達障害だから許せ」という意味と同じ事を本人自ら言ったのだから。
衝動的である→チャンスに対して躊躇わない
後先を考えず行動して、取り返しのつかない失敗をし、周囲にしりぬぐいをさせないのであれば、そう言えるかもしれません。「チャンス」と言える時だけ、衝動的になり、危険な事や取り返しのつかないような事に関しては慎重になれるのならば。
こだわりが強い→自分の軸がしっかりしている
拘りというのは、100%すべて悪いわけではないですね。物事の向上を図るための拘りは素晴らしいと思います。ですが、本人のみの感情を軸に、ただ単に「嫌だから」「好きなだから」と周囲の事も考えずに、無暗にその「方法論」や「やり方」に拘るとしたら、どうでしょう。「この方法だと皆の作業がスムーズに運んで上手くいく」という場面で「その方法より、こっちの方が好きだから」という理由で「拘り」を持たれては困りますね。
相手の感情が分からない
→相手次第で変わる不確定要素より、前提条件を共有できる理論を重視する
あなたのお子さんがイジメにあいました。その上、あなたはお財布を落としてしまい、今月の生活費を失いました。ですがあなたの旦那さんが「同僚と遊びにいく」と言って、どこかのレストランに出かけたらどうでしょう。「なんで人の気持ちがわからないのか」と思いませんか？　
癇癪を起こす→理想が高く問題意識が強い
癇癪を起されると、話し合いもできませんし、強いストレスを感じますね。ストレスは心身共に周囲を疲れさせます。
非常識である→寅さんと浜崎伝助は人気者
そこには常に「他人への思いやり」があり、自分の利害のために行動した事ではないからでしょう。
欠点だらけである
欠点は誰にもあります。でも開き直っている人と努力している人には、大きな差があります。
あなたが発達障害かどうかは問題ではないのです。それが周囲にとっても自分にとっても良い事か悪い事か、という事ではないでしょうか。悪い事（人を傷つける行為）であれば、それを正そうとする努力をする、という事ではないでしょうか？
発達障害の人は、自然に学ぶというのが難しい事柄があると思います。人の感情などがその一つでしょう。
そういった事を学ぶ手助けをして欲しい、という事であれば分かります。
「差別をするな」と言いながら「障害があるんだから仕方ない、理解しろ」というのはどうなんでしょうか。
「理解」というのは、互いを尊重しあい、同等であろうとするからこそ、生まれるものだと思います。「同情」ではダメですね。
定型だって努力をしなければ「良い人間」にはなれません。誰でも同じ事です。誰でも苦手な事はあります。でも「できない」というのと「苦手」というのは違います。
今の日本、自分が正しいと思っている人が多く「迷惑をかけるな！」といっては人を必要以上に攻撃し、自分が「迷惑な人」である事に気づかない。
発達障害という「もの」に対しての理解は必要でしょう。でもその「理解を得る」とは「妥協を得る」事ではなく、その「理解しにくい事・だけど社会で生きていく上で重要な事」において「手助け」を求める事はありですよね。
互いに「理解しあう」「歩み寄る」という形がなければ、ただの攻撃試合になるのではないでしょうか。
私が「定型・非定形は関係ない」といったのは、そこです。
どちら側だろうが、学ばなければならないことは同じだし、ダメな事も同じなんだと。私が言っているのは「基本的な事」で、細かい事の「違い」ではないです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>空気が読めない→自分のペースに忠実<br />
例えばAさんは、お葬式の時に笑ってしまう。真剣に悩んでいる人を茶化してしまう。こういった「人を傷つける行為」に対しての&#8221;空気が読めない&#8221;というのは、批判されても当然だし、批判されなければならない事だと思います。そこでもし、発達障害を持ち出すのであれば、特別視されても仕方がないと思います。<br />
「発達障害だから許せ」という意味と同じ事を本人自ら言ったのだから。<br />
衝動的である→チャンスに対して躊躇わない<br />
後先を考えず行動して、取り返しのつかない失敗をし、周囲にしりぬぐいをさせないのであれば、そう言えるかもしれません。「チャンス」と言える時だけ、衝動的になり、危険な事や取り返しのつかないような事に関しては慎重になれるのならば。<br />
こだわりが強い→自分の軸がしっかりしている<br />
拘りというのは、100%すべて悪いわけではないですね。物事の向上を図るための拘りは素晴らしいと思います。ですが、本人のみの感情を軸に、ただ単に「嫌だから」「好きなだから」と周囲の事も考えずに、無暗にその「方法論」や「やり方」に拘るとしたら、どうでしょう。「この方法だと皆の作業がスムーズに運んで上手くいく」という場面で「その方法より、こっちの方が好きだから」という理由で「拘り」を持たれては困りますね。<br />
相手の感情が分からない<br />
→相手次第で変わる不確定要素より、前提条件を共有できる理論を重視する<br />
あなたのお子さんがイジメにあいました。その上、あなたはお財布を落としてしまい、今月の生活費を失いました。ですがあなたの旦那さんが「同僚と遊びにいく」と言って、どこかのレストランに出かけたらどうでしょう。「なんで人の気持ちがわからないのか」と思いませんか？　<br />
癇癪を起こす→理想が高く問題意識が強い<br />
癇癪を起されると、話し合いもできませんし、強いストレスを感じますね。ストレスは心身共に周囲を疲れさせます。<br />
非常識である→寅さんと浜崎伝助は人気者<br />
そこには常に「他人への思いやり」があり、自分の利害のために行動した事ではないからでしょう。<br />
欠点だらけである<br />
欠点は誰にもあります。でも開き直っている人と努力している人には、大きな差があります。<br />
あなたが発達障害かどうかは問題ではないのです。それが周囲にとっても自分にとっても良い事か悪い事か、という事ではないでしょうか。悪い事（人を傷つける行為）であれば、それを正そうとする努力をする、という事ではないでしょうか？<br />
発達障害の人は、自然に学ぶというのが難しい事柄があると思います。人の感情などがその一つでしょう。<br />
そういった事を学ぶ手助けをして欲しい、という事であれば分かります。<br />
「差別をするな」と言いながら「障害があるんだから仕方ない、理解しろ」というのはどうなんでしょうか。<br />
「理解」というのは、互いを尊重しあい、同等であろうとするからこそ、生まれるものだと思います。「同情」ではダメですね。<br />
定型だって努力をしなければ「良い人間」にはなれません。誰でも同じ事です。誰でも苦手な事はあります。でも「できない」というのと「苦手」というのは違います。<br />
今の日本、自分が正しいと思っている人が多く「迷惑をかけるな！」といっては人を必要以上に攻撃し、自分が「迷惑な人」である事に気づかない。<br />
発達障害という「もの」に対しての理解は必要でしょう。でもその「理解を得る」とは「妥協を得る」事ではなく、その「理解しにくい事・だけど社会で生きていく上で重要な事」において「手助け」を求める事はありですよね。<br />
互いに「理解しあう」「歩み寄る」という形がなければ、ただの攻撃試合になるのではないでしょうか。<br />
私が「定型・非定形は関係ない」といったのは、そこです。<br />
どちら側だろうが、学ばなければならないことは同じだし、ダメな事も同じなんだと。私が言っているのは「基本的な事」で、細かい事の「違い」ではないです。</p>
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			</item>
		<item>
		<title>
		殿尾志乃 より		</title>
		<link>https://shinoegg.com/entry/reframing/#comment-62</link>

		<dc:creator><![CDATA[殿尾志乃]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 07 Oct 2018 07:10:05 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[連投失礼します。
私が感じている、福祉業界の問題は、この「世間」からの誤解とは逆のベクトルの誤解なんだと思います。
つまり、薄いグレーの人が関りを求めてきた時に、濃いグレーの人向けの制度を適用して、自分たちを潤わせようとするという、故意の誤解なんですよ。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>連投失礼します。<br />
私が感じている、福祉業界の問題は、この「世間」からの誤解とは逆のベクトルの誤解なんだと思います。<br />
つまり、薄いグレーの人が関りを求めてきた時に、濃いグレーの人向けの制度を適用して、自分たちを潤わせようとするという、故意の誤解なんですよ。</p>
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