どうも皆さん、こんにちは。ADHD界の高田純次を目指す女、望月志乃です、ハイ嘘です。
本日は、匿名メッセージ送信サービス「マシュマロ」を通じてお寄せ頂いたご相談について、お応えしたいと思います。
大学へ進学したADHD当事者の多くが、学生生活の中で困難さを抱えるといいます。
その中でも「対人関係」や、それに伴う「孤独感」について、お悩みの方も多いのではないでしょうか。
- 【お悩み相談vol.3】大学の人間関係に馴染めない。寂しいのに自分から遠ざかってしまう現状を変えたい。
- その対人関係のお悩み、超わかる。
- 「ぼっち」だった私の大学時代
- その場しのぎの仮面なら被れますキャンペーン実施中(※初回限定)
- ADHDには辛すぎる大学生活が、孤独を深める
- 「ありのままでいると拒絶される」という不安
- 人間不信と自分不信のWパンチでノックアウト
- 高校と大学では「友人関係の質」が違う
- ステージが変われば、付き合いも変わる
- 大学以外のコミュニティや、これまでの実績に目を向けて
- 類は友を呼ぶが、素を出さねば寄って来ない by望月志乃
- 私にメッセージを送った理由にヒントがある
- 無理して自分を環境に合わせるのではなく、無理しなくていい環境を作る
- 心からの願いに、人間の本質が表れる
- ADHDに「無理を持続する力」はない、諦めろ!
- 【追記】相談者さんからのお返事・全文
【お悩み相談vol.3】大学の人間関係に馴染めない。寂しいのに自分から遠ざかってしまう現状を変えたい。
こんばんは。
当方、ADHD特性持ちの、大学生の女子です。
いつも志乃さんの ADHDあるあるツイート を見て元気もらっています。
ADHD特性の二次障害の、孤独感について相談させて頂きたいです。
中高からの友人とは、今も遊びに行ったりと親しくしているのですが、新しい友人とはなかなか深く繋がることができないのです。
私は、高校生までは中高一貫校に通っていました。
6年間を共にしたことで、周りの友人たちとは良い絆を築くことができ、強い孤独感に悩まされたことは、あまりありませんでした。
しかし、大学に入ってから、クラスという単位もなく、自分からコミュニティに入っていかなければならない環境になったことで、人の輪に馴染むことができない自分に気がつきました。
ありのままの自分では、雰囲気を壊してしまう。
拒絶されてしまう。
これ以上関わると嫌われるんじゃないか?
そんな風に感じるようになりました。
最初のうちは、無理して笑ったり、テンションやノリを合わせることで、コミュニティの中で生きていました。
でも、そんな表面的な人間関係を続けてるうち、無理をして人付き合いをすることに疲れてしまいました。
そして、この頃に、ADHDだという診断を受けました。
診断を受けたことで、プツンと糸が切れたように、人に関わっていくことをやめてしまったんです。
「どうせ、自分には無理なんだ」という意識がついてしまったのです。
それからというもの、自分から何かの集まりやイベントに参加する意欲や、人を誘うこともなくなってしまいました。
自分から、人との縁を遠ざけているのに、同時に、強い孤独感も感じていて、本当に辛いです。
私も、志乃さんが以前ブログに書かれていたように、”ADHDを理由に諦めること”をやめたいです。
本当は、ありのままの自分で人と関わって、楽しいこと、おもしろいことをたくさんしたいです。
でも、今はADHDを理由に、傷つかない道を選んでしまっています。
このような時期はありましたか?
どのように乗り越えられましたでしょうか?
お時間ありましたら、ご教示くださいませm(__)m
はじめまして!望月志乃です。メッセージありがとうございます!
「あるある〜!わかるーー!」と共感しながら、最後まで読ませていただきました。
わたしに何が言えるか分かりませんが、恥ずかしい過去の話を交えながら、できる限りお応えさせていただきますね。
すこし長くなってしまうかもしれないので、余裕がある時に読んでくださいね。
その対人関係のお悩み、超わかる。
(あれ?過去のわたしが、時空を超えてきたかな??)と思うぐらい、お気持ちが分かります。
もちろん、あなたの辛いお気持ちを、このメッセージ1つで理解できるわけではないので、そんな気がするだけですが。あなたのお気持ち、すごく、わかる気がします。
孤独な大学生活って、辛いですよねーー……非常に、つらいですよねーーー(遠い目で)。
「ぼっち」だった私の大学時代
講義を受けるのも1人。
課題をやるのも1人。
お昼を食べるのも1人。
休み時間は、図書館で1人。
話す相手もいず、ひたすら時間を潰していました。
サークルを通じて仲良くなった同期はいても、揃いも揃って真面目に大学に出て来ないタイプばかりだったので、大学構内ではいつも1人。
過去のトラウマもあって、誰に対しても、どこか一線を引いて付き合っている自分がいて、大学生活に馴染めず、いつも孤独感を抱えていましたよ。
その場しのぎの仮面なら被れますキャンペーン実施中(※初回限定)
そうそう、その場しのぎでいいなら、仮面を被ってテンションを合わせることも出来るんですよね(笑)。
ただ、その場限りのノリと、勢いだけのため、持続はしないし、すごく疲れる。
持続力がなく、瞬発力だけで何とかしているから、付き合いが長くなるほど、ボロが出そうで怖くなる。
引き返せなくなるほど仲良くなってから「そんな人だと思わなかった」と幻滅されるのも怖い。
もう傷つきたくなくて、深い関係を築くことを避けてしまう。
周りの同期がワイワイと講義にのぞむ中、「1人でも平気」な顔をして席に座る。
心の中は寂しくて仕方がないのに、ノリの違う輪の中に入っていく勇気も気力もない。
困ったもんですよね。
ADHDには辛すぎる大学生活が、孤独を深める
そもそもまず、ADHDにとって、大学生活は苦手なもののオンパレードで、辛すぎるんですよ。
「最終学歴が大学中退」が、成人ADHD当事者の間で「あるある」とされているくらいです(※勿論、そうじゃない方も沢山いますよ!)。
小中高校までのADHDと学校環境
- 決められた時間割に従っていればいい
- 朝、学校に着けば、そこからほぼオートマティック
- 先生の指示に従っていればいい
- みんな一緒の授業&課題
- 限られた人間関係のシャッフル
- うっかりしてても友達に聞けば何とかなる
- 一夜漬けで通用するテスト
- 関わるコミュニティはクラスと部活くらい
大学からADHDに課せられるもの(拷問)
- スケジュールの自己管理
- タスクの管理
- 単位数の自己管理
- 自主性に任されたカリキュラム
- 狂いまくる生活リズム
- 様々な場面で試されるコミュニケーション能力
- 組む相手を探すことから始まるグループ課題
- 覚えのない提出書類
- 迫り来る提出期限
- むしろちょっと過ぎてる提出期限
- 見つからないレジュメ
- 見つかってもクシャクシャになっているレジュメ
- まともにとれていないノート
- 聞き逃してしまったことを聞く相手もいない
- 代返を頼む相手もいない
- 自分1人でしっかり管理しなければいけない
- ボケーッとしていると詰むというプレッシャー
- ボケーーッとしてしまう自分
- 芽生える劣等感
- 止まらない自己嫌悪
- 深まる絶望と孤独
- ヨシ、大学を辞めよう !!!!
つまるところ「友達と協力し合わないと、しんどいことになりがち」なのに、困った時に頼れる友達がいないため、その状況がますます、孤独感を深めていってしまったんですよ……。
いつも困っているのに、頼れる人はいない。
つらたん。
「ありのままでいると拒絶される」という不安
これも、すごく分かるんです。
それというのも、(相談者のように一貫校ではありませんでしたが)、小・中・高と一緒で、親友だと思っていたグループに、高校卒業後、実はずっと影でハブられていたということを知ってしまい、しばらく人間不信になりました。
「高校卒業してから、集まってないね〜、そろそろ会いたいな!」なんていうやり取りをしていたのに、「恒例の◯◯会」なるものが、私だけが知らないうちに、ずっと行われていたんです。
他にも、3人グループなのに、私を除いた2人だけで遊びに行かれたり。
「そういえばこの間、すごく楽しかったね〜」なんていう後日談を、目の前で聞かされて、ようやく知らされる…なんて場面が多くて。
「また遊ぼうね〜!」に、いつも自分だけが含まれておらず、その度に深く傷ついていました。
何が怖いって、「自分が何かしたから、ハブられている」ということは分かるのに、
普通に生活しているだけだし、ハブられる理由が分からないから、
自然体でいることが怖い。
自分にとって「普通」なことは、周りにとっては「普通じゃない」し
周りにとって「普通」なことが、自分には分からない。
ハブられる理由に、身に覚えがある場合、「自業自得だ」と、自己嫌悪で苦しくなるばかり。
何が相手にとってアウトになるのかが分からないから怖いし、
避けられる理由もよく分からないうちに、気づいたら1人ぼっち。
原因が分からないから、今後の対策もできない。
何よりも、「自分はきっとハブられても仕方のない人間なんだ。」ということがショックで。
結果として、「自分から遠ざかった方が楽」になるんですよ〜〜〜
わかりますよ〜〜〜
でもそれもすご〜く辛いんですよね〜〜〜〜
わかりみが深い〜〜〜
なんせ、こじらせて、ひきこもりましたから〜〜〜
今にして思えば、私の力になってくれようとした人も、ちゃんといたんですけどね。
深く傷ついて、自分の殻にこもると、真っ暗で何も見えなくなりますね。
人間不信と自分不信のWパンチでノックアウト
信じていた友達に裏切られたという人間不信と、
ありのままの私ではダメだったんだという自分不信の気持ちが重なって、
誰のことも信用できなくなっていたんですよね。
「友達って、なんだろう?友達と知り合いの違いって、何だろう?」と、友達の定義をずっと考えていました。
高校と大学では「友人関係の質」が違う
高校時代までの、「狭く深い」濃密な友人関係を基準にしてしまうと、大学からの「広く浅い」付き合いは、「知人」という認識になってしまうのかもしれません。
相談者さんはきっと、それだけ素晴らしい友人関係を、高校までに築けることが出来ていたということだと思うんですよ。
高校までの関係と比較してしまうから、「(高校みたいな)友達がいない、馴染めない」と孤独を感じてしまうのかなあと。
でも、考えてもみてくださいよ。
あなたには、狭く、深く、長〜い人間関係を築く能力と、確かな実績がある。
ありのままの自分を受け入れて貰える、財産のようなコミュニティが既にある。
それは確かですよ。
ただ、大学には、まだそれが無い。
私の場合、あなたのように連絡を取り合っている友だちが1人もいませんから、自信をもっていいです。
え、何?中学からの友達??
人っ子1人残ってませんけど!?!??
何なの!?!もしかしてケンカ売ってんの!!???(冗談です)
ステージが変われば、付き合いも変わる
わたしはまさに今、「ママ友づきあいって……何?どうしたらいいの…?」な状態です。
浅いような、深いような。
自分のせいで子どもが変な目で見られないように、「ちゃんとしてる、まともな母親です」という顔をして、その場を取り繕うので精一杯。
つら。
こわ。
向いてない。
むり。
……と思いながら、何とかやっています。
大学以外のコミュニティや、これまでの実績に目を向けて
大学では、まだうまく馴染めていないかもしれない。
ADHDならではの特性で、困難を感じることが多いかもしれない。
でもたぶん、それだけです。
大学の人間関係が全てではないし、あなたには親友もいる。
ありのままのあなたでいても、受け容れてくれる人たちがいる。
だからきっと、大丈夫ですよ。
何度もいうようですけれども、
あなたには、素晴らしい人間関係を築き上げた実績があって、
大学という環境では、(ADHDならではの困難さもあって)
ポテンシャルを発揮するのが難しいというだけです。
「今の自分を変えたい」と感じてらっしゃるかもしれませんが、その必要もないのでは?
類は友を呼ぶが、素を出さねば寄って来ない by望月志乃
「志乃さんは、どのように乗り越えられましたでしょうか?」とのことですが、本質的には何も変わっていません。
ただ、自然体でいるように心がけた結果、似た者同士の友達が増えました。
素を出したツイートをしているだけで、なんか知らんうちにフォロワーは増えたし、そこから実際に会って遊ぶ友達もできた。
近所にはあんまりいませんが、ネットになら、マブダチがいっぱいいる。
ネットに限った話ではありません。
子どもを産んでから知り合ったママ達と、時には本気でぶつかり合いながらも、本を出版するお手伝いをしたりしましたし…。
ほかにも、ADHD主婦を集めたオフ会を開いた時に出来た友達もいたりして。
ADHDという共通点があって、感覚も似ているからこそ、終始「それな」と「わかる」しか出て来ないんですよ…最高だと思いませんか…。
私にメッセージを送った理由にヒントがある
さてここで、考えてみて欲しいことがあります。
あなたが私に、この相談メッセージを送って下さったのは、なぜでしょうか。
「この人、私と似てるかも…。この人と話がしてみたい!」と願う気持ちが、自分からのアプローチにつながり、交流を生むんだと思うのです。
自分から遠ざかってしまうのが悩みだ、というのはつまり、
「周りに自分と似た人がいない」と感じているのではないですか?
ありのままの自分を出していかないと、「似てるかも!話が合うかも!」と他人から思って貰える機会もなく、寄ってくるものも寄って来ないんです…。
無理して自分を環境に合わせるのではなく、無理しなくていい環境を作る
あなたが仮面をつけるほど、あなたと似た感覚の人が
「あの人とは合わないかも」と感じ、寄って来なくなります。
似た者同士を見つけるのは簡単です。
そのまま、自然体でいてください。
どうせ今だって、大学で孤立ぎみなのだし(失礼)、これ以上失うものは何もありませんよね。
心からの願いに、人間の本質が表れる
本当は、ありのままの自分で人と関わって、楽しいこと、おもしろいことをたくさんしたいです。
きっと、これがあなたの本質です。
本当は「誰かと一緒に」楽しいことや、面白いことをするのが好きな、あなた。
そういうタイプとお友達になりたい方は、多いと思いますよ。
さあ、観念して素を出してください。
何とかなる。
拒絶されて傷つくことがあっても、あなたは1人ぼっちじゃないから大丈夫。
自分が信じられなくなった時は、自分が今まで築いてきた人間関係を信じてください。
ADHDに「無理を持続する力」はない、諦めろ!
ないってこたぁ無いと思うけど、そのために血の滲むような努力をしていることが多い。
無理をしたら自滅の一途を辿るぜ?
他人に嫌われないように、無理をして取り繕っても、
わたしたちADHDに、持続力はない!!!!
ずっとボロを出さずにいられるようなら、そもそもADHDで困ってない。
もう、ありのままの自分でいこう?
ありのままの自分で、生きて行くしかないって。
我々、そういう風にしか生きられないんだって、きっと。
(※個人の感想です)
とりあえず我々の特性的に、頼れる友達がいないと大学生活で詰みがちと思うので、
まずは
「ゴメン…。あの課題、いつまでだったっけ?」とか
「私のレジュメ、気づいたらグッチョングッチョンになっちゃってて…」と、
挙動不審ぎみに聞くことから始めよっ☆?
以上、大学中退して引きこもった、あるおばちゃんからのアドバイスでした。
あなたの大学生活が、少しでも明るく楽しいものになることを、心から願っています。
大丈夫だ、がんばれ〜!
(※尚、この記事によって生じたいかなる損害においても当方は一切責任を負いかねます)
またね。
【追記】相談者さんからのお返事・全文
こちらの記事を読んだご相談者から、お返事をいただきました。ご本人の許可を得て、こちらに全文を掲載させて頂きます。
こんばんは、志乃さん。
大学生活の悩みを相談させて頂いた者です。
まずはじめに…
ありがとうございました。
お返事をブログの記事にして書いて頂いたのを見て、驚きと感謝、尊敬の気持ちでいっぱいになりました。涙
志乃さんも大学生活では苦労されていたのですね…。ADHD特性には酷な環境。そう断言して頂いたことで気が楽になりました。大学生活には相当憧れを持って大学に入ったので、ギャップに鬱になりそうでした笑
・その場しのぎのノリ。(女子社会において、身につけざるを得ませんでした。笑)
・深入りしないようブレーキをかける。
・自分にとって「普通」なことが人を傷つけたり、人の気に障ったりする。(→自然体でいるのが怖い)
これらが本当に人間関係における、あるあるで。怖くて、人付き合いを遠ざけるようになりました。そして大学内では「1人でも平気」な顔をしている。でも内心寂しくて早く帰りたい。…情けないです!笑
でも、志乃さんのブログやツイートを読んで、“あるあるや笑”と共感することでこの特性を気軽に捉えられるようになりました。
志乃さんとの出会いを通して、悩んでいたことをネタにして笑い飛ばせるようになったんです。そうして自分自身を徐々に受け入れられるようになりました。(語ってごめんなさい笑)
その場しのぎの仮面をつけても、後々「ん、この子、何、変!」と感じさせてしまうなら、最初から自分らしく接した方が自分にストレスをかけず、相手にも戸惑いを与えないですよね。
それから…
自分には、ありのままを受け入れてくれる人が既にいること。このことを蔑ろにしていたことに気づき、反省しました。きっと自分の殻に閉じこもって、在るものも見えなくなっていたのだと思います。
たしかに、今も続く友人はどこかしら自分に似た人が多いです。人との関わりは好きなはずなので、自然体で人と関われる機会を自ら探していけたらと思います。もちろん不安も健在ですが笑笑
観念して、素を出します…!
長々と書いてしまい、申し訳ありません。
感謝の気持ち、今の前向きな気持ち、そして志乃さんが、同じ困難さを抱える人の光となっていることをお伝えしたかったです。
そんな志乃さんが、これからもご家族と幸せで楽しい生活を送られることを祈るばかりです。
ありがとうございました。
わあ。お役に立てたようで、とても嬉しいです。
身に余るコメントを頂き、恐縮です!!こちらこそ、ありがとうございます…。わたしはただ、自分語りをしているだけのような気もしますが!?
でも、「こういうことで悩んでいるのは、自分だけじゃなかった!」と知るだけで、心が軽くなることって、沢山ありますよね。
相談者さんは、このあとのやり取りで「私の悩み相談にも、共感が寄せられていて、驚いてたところです」とも仰っていました。
自分の話をするだけで、誰かの癒しになることがある。
それを考えると、やっぱり自分を隠すより、どんどん出していった方がいいんだろうなと、改めて思いました。
フレー、フレー!わ・れ・わ・れ!!
フレッフレッ、我々!観念しろ!!!(?)
それでは、また。
コメント
相談内容が 大学生時代の私のまんまで、激しく共感しました。相談者さんが、今辛い中でも凄く頑張っているのが、自身の過去と重なりました。私が大学生の時に志乃さんのブログを読むことが出来たら、誰かに相談出来たら、どんなに良かったかと思いました。