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【ADHDお悩み相談】大学で劣等感を抱き、将来が不安で死を考えてしまいます。

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どうも。望月志乃です。

高い自己管理能力が必要な大学生活は、ADHDにとって、とても難易度が高いものです。

それに加え、ASDを併発している場合、コミュニケーションの難しさも相まって、困ったことがあっても、なかなか他者に助けを求めることができません。

そうして孤立してしまった結果、大学を中退したり、夢を諦めてしまうケースが本当に多いのですが、そうすると今度は将来が不安になってくる。

今回はそんなお悩み相談に、お答えしていきたいと思います。

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【お悩み相談No.11】大学生活に馴染めず、将来が不安です

相談者
相談者

志乃さんこんにちは。いつもブログ拝見させていただいてます。

 

私は、管理栄養士になるため勉強している、大学1年生です。
ASDとADHDかもしれないと、高校生の時から思っています。

 

私の学科には国家資格を取るという明確な目的を持つ子が集まり、みんなとても真面目です。
資格を取る学科のため、必修授業がほとんどで、レポートも多いです。
私も初めは頑張ろうと思っていましたが、提出物の期限も守れず、テストはロクに勉強しないまま受けています。

 

クラスの子とも劣等感を抱いてしまい、なかなか仲良くなれません

 

最近では、目眩が頻繁に起こるようになり、適応障害を疑っていますが、精神科を受診するのは正直ハードルが高いと思ってしまい、行っていません。

 

資格を取得してからも勉強が続く管理栄養士という職業も考え直した方がいいのかなと思っています。かと言って自分に向いているものも分かりません。

自分の将来が不安で仕方ありません。社会不適合者で辛い毎日を生きるくらいなら、早く死んだ方がいいとさえ思います。

 

自分のプライドが高く、また友達も少なく、誰にも相談出来ませんでしたが、まだ引き返せるかもしれないと思い、相談させていただきました。

 

ご相談ありがとうございます!望月志乃です。

 

いやぁ〜、めっちゃ分かる。分かりますよ、その気持ち。以前も記事で紹介しましたが、発達障害者にとって大学生活は、本当に大変なものですよね

 

劣等感に苛まれながら、同時にプライドも高くて、理想と現実のギャップに苦しみ、生きているのが辛かった気持ちを思い出しました。

順番に、わたしの考えを書いていきますので、コーヒーでも飲みながら読んでください。

頑張ろうと思っても、自分だけではどうにもできない時はある

あるんです。

誰かのサポートが必要な時は、人生において必ずやって来る。
若い時の苦労は買ってでもしろというが、頼んでもいないのに、試練がやたらとやって来る。

あなたにとって、それが今なのかもしれない。
それを否定して「自分だけの力で、何とかしなければ!」と思っていても仕方がないから、まずは認めましょうね。

本当はご自身でも分かってるんですよね…。
わたしに相談してくれて、どうもありがとう!!

劣等感でクラスメイトに馴染めない

これ、身に覚えがあり過ぎて……。

わたしも大学時代は、周りがみんな優秀に見えて、自分だけがひどく劣っているように感じていました。

高校までは、勉強も人付き合いも、要領よくやっていたつもりだったので、どうして大学ではこんなにうまくいかないのかと、大きな挫折を味わうことに。

人間て、劣等感をこじらせると、他人とうまく接することができなくなるもんですねえ……。

劣等感がベッタリと心にこびりついてしまって、誰にどんな風に慰められても、励まされても、全く心に響かない。

他人に心を開くことが、どんどん難しくなってしまうし、自分のことも、他人のことも、何も信用できなくなってしまう。

自分から輪の中へ入っていくことが全くできなくなりました。

「人に頼る」って、とても難しい

「この人になら、頼んでも大丈夫だろう」という適切な距離感の把握安心感
「できないことを相手に知られても、自分は大丈夫だ」という自己肯定感が必要

信頼関係がないとできないし、その信頼関係がうまく築けないから困っている。

一人でうまくやっていけているように見えているクラスメイト達だって、本当はレポート課題を友達と分担していたり、テストを楽に突破できる情報を共有していたり、時には協力してズルをしていたりするかもしれない。

でも、自分には協力できる友達がいないから、ますます課題の難易度が高くなっていく。

振り返ってみると、いちばん辛かったのは、この「大勢の中にいる時に感じる孤独」だったのかもしれないなと思います。

一人で頑張らないといけないと強く思っていたから、辛かった。

【ADHDお悩み相談】大学生活で感じる孤独と対処法について全力で答える
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「自分に向いてるかどうか」を確かめる簡単な方法

やっていて楽しいかどうか、それだけです。

大学の講義で、さんざん建築について学び、数々の課題を提出したにもかかわらず、今わたしの脳みそに1ミクロンも残っていません。

そりゃあもう、「とにかく苦痛だった」という思い出以外、きれいサッパリ残っていません。

ですが、デザインや美術、心理学や哲学についての講義内容は、不思議なほどしっかりと覚えていて、今でも役に立っています。

私が尊敬するADHDの師匠、あーささんの「楽しくないと、脳が死ぬ!」という名言を、あなたに贈ります。困ったことに、そういうふうに出来ていて、逆に「楽しいことならば、どこまでも頑張れちゃう」人種なのが、我々です。

やっていて楽しくないことは、ハッキリ言って、向いていません。

研究分野が向いていないのかもしれないし、大学のシステムが向いていないのかもしれない。
前者ならば路線変更してもいいし、後者ならば、どうすればサポートを受けられるか考えればいい。
大学のカウンセリング機関など、利用できるものは利用してください。

どうして、その職業を目指したいと感じたのでしょうか。
その時の気持ちを大切にしたいのなら、向いていないと分かっても、続ける価値はあります。

ただその場合、苦労することを覚悟しないといけませんし、「自分一人の力で何とかしたい!」と考えるのは無謀だと心得てください。心が壊れます。(若干すでに壊れかけているように見えます。)

大学を辞めたら辞めたで、後から学び直す方法はいくらでもありますし、人生は本当になんとでもなります。

現に私の夫は、かつて大学で法律を勉強していましたが、卒業後は状況に合わせて転職を重ね、今では全く違う分野の国家資格を持っています。「大卒」と履歴書に書けるものの、それで一生が決まるわけではない。そんなもんです。

イラストとサインを描いてもらった自慢

だいたいいつも死んでいる

人生は綱渡り?本当にそう??

以下「りっすん」さんに寄稿したものから抜粋

「履歴書に空白期間があったら就職は難しい」
「最初の就活に失敗したら終わり」
「堅実な道から一度でも転落したら人生終了」
そのような言葉を、ネットで目にすることがあります。

もちろん大げさに書いている部分もあるのでしょうが、私が以前うつ病を患い、実家で数年ほど自宅静養していた頃、そういった言葉を真に受けて、落ち込んでしまっていた時期がありました。

冷静に考えてみれば、そんなわけはないと分かるのですが、「不寛容社会」と称される現代の日本社会に、当時は心底絶望していて、厭世的になっていました。

「普通」から一度外れたら、この日本では生きていけない、と信じていたんですよね。

今思うと、完璧主義でこだわりが強すぎたせいもあったのかもしれません。

それでなくても、うつ闘病中は病気によって健全なものの見方をすることが難しくなっていますから、「一度でも失敗したら終わり」なんて世間の言葉に、リアリティを感じてしまっていたんです。

引用元:ごはんと寝る場所さえあれば、生きてはいける。「価値観の断捨離」をしてみよう

一人でいると、歪んだ自己イメージが“真実”になってしまう

大学時代に心から思っていたことと、今だから分かること

あなたに何よりも言いたいのは、「あなたに今見えている世界は、客観的にみると全く違ったものになるかもしれない」ということです。

私の場合、バリバリの文系脳で、かつ空間把握能力がポンコツなのに、空間デザインコースなる建築学科に入学してしまい、

「空間…とは? 物理……?? 正確さ…???」状態に。

おかげさまで、死ぬほど苦労しました。アホですね。

「なんで私は周りについていけないんだろう?」というか、今にして思えば、どう考えても向いていなかったんですが、当時の私には、他に選択肢がなかったし、入ったからにはやり遂げないといけないと思っていました。

地獄でしたわー。
思い出したくもないわーー。

フキダシのどれもこれも、当時の私にとっては「まぎれもない真実」だったんです。

今でも弱気になった時、フキダシのようなことを思ってしまうことがありますが、私がそんなこと言っていたら、あなたはどう思いますか?

「志乃さん、何言ってんですか、思い込みですよ!」って思いませんか?

でも私は、病気によって本気でそう思ってしまうんですよ。
あなたにも同じことが言えるのかもしれませんよ。

どれもこれも、「今にして思えば、何も分かっていなかった」ことばかり。
でも、その最中にいる間は、自分ではなかなか気づくことができません。

「私は志乃さんとは違う。」と言われてしまうと、その通りなんですが、確かに言えることが二つあります。

人生には、後になって分かることが腐るほどある、ということと
ネガティブな自己認識は、アテにならないということです。

また、発達障害者の特性として、自己客観視が苦手というのがあり、なおさら今のあなたが感じていることは、真実かどうか怪しいものです。

「周りと比べて、自分がひどく劣っているように思える」
「生きててもいいことがない、死んだ方がマシ」

ちなみにこの思考、うつ病の典型的症状ですよ。

自分を客観視するためには、どうしたらいい?

他者と関わること。
医師の力を借りること。
そうすることで、自分だけでは気づけないことを、深く知ること。

だからそのために精神科に行き、あなたの身に本当は何が起こっているのか、明らかにすることが必要なのではないでしょうか。

精神科受診の心理的ハードルの越え方については、これらの記事が役に立つのではないかと思います。

ハードル、高いよね。
未知の領域に対して、慎重になるのが人間。
だからそれもOK。

でも、自分の状態や、苦手なことを把握することもなく、一人でモヤモヤ考えているだけでは、明るい道も探れないし、得意なことを知ることもできない。

そんな「何もハッキリ分かっていない」状態で、生きるか死ぬかを決めるのはやめてください。

わたし、死んだ方がいい?

大学を中退し
天職だと思っていたWEBデザインの仕事もうまくいかずに辞めて
家事育児も満足にできず
理想の母親像とは程遠い有様で
意を決して始めたはずのパートも半年で辞めてしまい
気軽に会って相談できるママ友もいず
他人を避けて引きこもってはネットばかりしている……

私は紛れもなく社会不適合者だと自負しておりますが、わたくし今すぐ死んだ方がいいでしょうか!
うつ期に結構な頻度でそう思うんですけど、あなたはどう思います??

わたし、死んだ方がいいですか?

「そんなことない」と思ったのなら、そのままそっくりお返しします。
ボンクラだとしても、生きてたっていいじゃない。

私は私の存在価値をすぐに見失うけれど、あなたにとって私は、どんな風に見えていますか。

誰にも話せない悩みを、私に相談したいと思ってくれる程度には、私のことを信用してくれていると考えてもいいですか。

こんな記事を夜中の3時までかかって書き上げるくらいには、あなたのことを心配して、あなたの人生を応援している人間がここにいますよ!

先が見えない不安に悩まされてばかりだろうけれど、「後になって見れば杞憂だった」ことって、本当にたくさんあるから。
生きていないと、振り返ることもできないから。
死んだ後で「わたし、自分のこと盛大に勘違いしてたわーーー!!!!」って後悔しても成仏するしかないから。

人生、意外となんとでもなるから。

がんばれ!
具体的には、病院、行け? な??

「志乃さん、わたしちゃんと病院行きました!」という報告、待ってますね。
では、また。

【ADHDお悩み相談】大学生活で感じる孤独と対処法について全力で答える
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