思ったこと メモ。
実家から、母子手帳と小~高校の成績表が送られてきた。読んでたら、泣けてきた。最近、落ち込みがちだったけど、歴代の先生方の、愛のあるお褒めの言葉に涙が止まらない。これまでちゃんと、見守られて育ってきたんだなあ。どんな本より泣ける。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
「頑張っているところを、ちゃんと見てくれている人がいた」という証拠で、それだけで勇気になるな。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
最近、(前ほどTwitterが面白く感じねぇな)と思うことが増えた。以前と今で違うのは、フォロワー数が増えたことで余計なしがらみが増えたこと。特に私という人間は、旦那曰く「好き嫌いが分かれるタイプ」らしいので、ただ「自分らしくいる」だけで、いつの間にか敵が増える。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
@yu_takezawa 自分から言っておいで何なのですが、突き詰めれば、敵ってわけでもないのかも?と思ったりもする。(なんでそんなに目の敵にするわけ?私なんかした?)とも思うけど、自分と違う価値観の人が、自由に発言してるだけって見方もできるし。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
世の中、色んな考えの人がいるんで、その人の感性を否定するつもりもなく。合わない人とは合わないんだろうなという、当たり前の結論に。他者の意見にケチをつけたり、自分の都合のいいようにコントロールしたいわけでもなく。「人は人、自分は自分。」以外の結論って、ないよなあ。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
「人からどう思われるか」「どうしたら理不尽な批判をされずに済むのか」「どうしたらより多くの人から認めてもらえるのか」「どうしたら恥をかかずに済むのか」っていう動機で活動すると、本当に何をしても楽しめなくなるよなあと。だから最近は承認欲求を横に置いておいて自分が楽しいことをしてる。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
アドラー心理学の本を読みあさりたい気分です。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
まだ私が今よりずっと多様性を認められない女だった頃、当時彼氏だった旦那と喧嘩した時に「なんでそうなの!?(変わるべきだよ!)」と言った際、「…うん、でもこれが俺なんだ~」と言われたのが、強く心に残っていて。その一言で、私は自分好みにすることが正しいと思っていたことに気づいた。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
ブログでも何度も書いていることではあるんだけど、「多様性を認められるようになる」っていうのが、自分の課題のひとつ。人格の良し悪しのジャッジは主観で決まるし、「見方」次第で人の印象は変わる。正しいことなんて何もない。正義感はもっとも人を凶暴に、横暴にする。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
私がTwitterに書く否定的なツイートのほとんどは、自戒のつもりで書いていたけれど、「該当者を否定する」ことにもつながるんだよなあ。自己否定をしたつもりが、他者否定になってたり、自己正当化したつもりが、知らずに他者を肯定していたりする。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
自己肯定感を育むべく、ありのままの自分を、他人を、認める訓練中なんだけど、卑屈になり過ぎたり、尊大になり過ぎたりで、どうにもバランスが難しい。まあでも、これが私の「現状」ならば、その未熟さを認めつつ、今後に向けて努力していくほかない。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
自分を認められない人間は、他人を認めることができない。他者批判したいのをぐっとこらえて、まずは自己肯定ができるようになりたーーーーい!
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
旦那と一緒に居て心地がいい理由として考えられるのは、彼は本当に「否定」をしない。そんで「俺大好き」。全ての行動基準が「自分を誇れるかどうか」で決まっているようだ。自己肯定感が生育環境の中で自然と育まれた人間と自分との違いに唖然とするんだけど、身近にお手本がいるのは本当に有り難い。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
(補足:否定はしないが、改善のための提案はする。)
「【現状の】自分はこうなんだから仕方ない」と、「開き直る」のは悪か否か。自分の欠点を改善する努力をしようとせずに開き直ることに、とても抵抗があるんだけども、開き直らずに自己肯定感を持つことは可能なんだろうか?
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
自己肯定と自己正当化の違いってなんだろうなあ。捉え方の違い?他者との関係性?
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月1日
「ありのままの自分でいてはいけない」っていう気持ちが根強くて、本当に困ってしまうわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
アドラーてんてーーーーーーーーーーーー本買うーーーーーーーーー
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
っていうか、買ったんだけどね。そんで、読んだんだけどもね。 pic.twitter.com/UHi2SdfbT0
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
↑古本屋に置いてあった唯一のアドラー心理学関連本。帯に惹かれて買った。内容はビジネスマン向け。
ひとつ言えることは。批判を恐れずに気の合うフォロワーさんと悪ノリしてゲラゲラ笑ってた頃のほうが楽しかったし、そのことで周りを巻き込んで、より多くの人を楽しませることができていた。なんか今はいじり辛い空気を自ら作ってて、私何したかったんだっけ状態。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
わたしは!!!いじられたい!!!!
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
世の中いろんな人がいるんだから、私みたいなのが1人くらいいてもいいんじゃないかと思いたい
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月3日
他者を許容する。
色んな人間がいることで、世の中はバランスがとれている。
誰のことも、否定しない。
完璧な人間なんていやしないし、自分もそのうちの一人だ。
月並な言い方しかできませんけど、「みんな違って、みんないい」ということを忘れないようにしたいです。まだまだですけどね。
自分を嫌いだと言う相手の、「好み」の自由を奪う権利はない。
そもそも、万人に好かれる価値が自分にあると思う方がおかしい。
マツコ・デラックスさんが「自分のことを理解されなくて当然。理解してもらえて当然と思う方が恥ずかしい。好きなように解釈してもらって結構。自分に都合よく評価なんてされるわけがないのよ。」 という旨の発言をしていて、本当にそうだよな、と。
こちらアドラー心理学のベストセラー本。ぽちりました。
あと、こちらの本(↓)も最近買ったんですが、読んでいて元気がでました。おすすめです。
悩んでいる時に古本屋に行くと、なんとなく手に取った本の、パラパラとめくった1ページに、抱えてる問題のヒントが書いてあったりする。そんなわけで、買いました。 pic.twitter.com/JKiSgN8W87
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月1日
上海なるわ…
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2015年7月1日
閲覧ありがとうございました。
コメント