どうも。志乃です。
Twitterで「悪口」について呟いていたことについて、心理学を交えながら、以下にまとめておきます。
読みづらい面もあるかと思いますが、よろしければお付き合いください。
人は色んな側面をもっている
ペルソナ3と4では、「色んな人との関わりと仲の深さ」によって、主人公が強くなるというシステム。相手によって主人公が色んな側面(ペルソナ)を見せ、それぞれの絆を深めていく。現実でもそうだよなあと、実感している。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月9日
※ペルソナシリーズ – Wikipedia ゲームソフトの名前です。
とある集団では落ちこぼれだったり、いじめられっこだったとしても、別の集団では中心人物だったりする。1つのコミュニティが全てではない。自分を知り、自信を持って生きるためには、人付き合いに自信をなくした時ほど、自分の殻に閉じこもるより、色んな人と関わった方がいい。皮肉なもんだよねえ。
— 志乃 (@shinoegg) 2016年5月9日
引きこもって、ネットの世界に依存してしまうことの危険性を伝える記事を読んだことがある。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月9日
ネットに書かれたことが真実であると誤認しやすい
うつにかかってから自己分析をする機会が増えたけど、わたし1人、わたし1つの主観でしかなくて。「志乃さんってこういう人だよね」と知らされる人物像が本当に様々で、それをなんだかとても面白く感じる今日この頃。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月9日
自己探求・自己開示の手がかり「ジョハリの窓」
「自分」のことは、自分でも分かっていないことが多い。
そして、「自分にも他人にも分かっている自分」、「自分にしか分からない自分」もあれば、「自分にも他人にも分かっていない自分」もある。
自己には「公開された自己」(open self) と「隠された自己」(hidden self) があると共に、「自分は気がついていないものの、他人からは見られている自己」(blind self) や「誰からもまだ知られていない自己」(unknown self) もあると考えられる。
これらを障子の格子のように図解し、格子をその四角の枠に固定されていないものとして、格子のみ移動しながら考えると、誰からもまだ知られていない自己が小さくなれば、それはフィードバックされているという事であるし、公開された自己が大きくなれば、それは自己開示が進んでいるととる事が出来るだろう。
コミュニケーション心理学や健康心理学などでは、よく話題になるモデルである。
簡単に言うと、つまりこの「開放の窓」の領域を広げ、他を狭めることで、自己探求や自己開示が進む(=成長できる?)ということ。
「盲点の窓」を小さくするには、他者の意見を取り入れることが必要だし、
「秘密の窓」を小さくするということは、心を開くということだ。
「未知の窓」を小さくすることで、自分でも知らなかった発見と刺激があるかもしれない。
当然、最初から「開放の窓」だけが全開という人も、なかなかいないだろう。
わたしは度々、他者からこの「盲点の窓」について、「気づけよwww」と揶揄されたり、批判されることがある。
バカにして笑ってくれても構わないから、その盲点の窓を小さくするために、詳しく話を聞いてみたいと、つい思ってしまうのだ。
盲点の窓は「自分からは見えない」
自己分析するに、「定義づけ」に拘る思考の癖があるなあと。常識とされる事柄でも、いちいち疑問に感じて考え込んでしまう時がある。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
社会的常識<自分の考え になる時もある。
「だらしがなくて協調性に欠け、非常識」なところもある。
そして今は、それらを「だけど、それが自分だ」と受け入れる訓練中。
昔から、常識人というか、硬めな人に嫌われる傾向がある理由は、そういうところにもあるのかなあ
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
わたしを嫌うタイプって、悪人というか、逆に「常識人」なんだろうなあという気もするんだ
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
自分を批判をしてくる人間がいたとして、それは必ずしも「悪人」というわけではなく、おそらく「自分と違った価値観の持ち主」だというだけ。それが、より良い人生を歩むために知る必要があることなら、聞く耳を持つ価値はある。
聞くに値しないと感じる批判(というか妄想による嫌がらせ)も多くあるが、それは少しでも聞いて、検討してみないと分からないことだと思う。
悪口と向き合うことは、本当に意味のないことなのか?
実はですね、そりゃもう悪意のこもったメールを頂きまして。この人が何でこんなことをするのか、私の何がそうさせるのか、考えてました。指摘されてる内容も、「…それが何か?」としか言えないもので。相手の心や言い分を理解したいんだけど、根本的な価値観が違うので、どうもピンとこない。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
内容を簡単に説明すると、「お前なんか大したことないくせに調子に乗るな」というものでした。
私がいかに「大したことないか」という説明が並んでいて、「お前はそれに、気づいていないから恥ずかしい奴だ」と、自覚を促すようなもの。勿論、第一の目的はそこではなくて、「盲点の窓を指摘することで、傷つけたい」という意志を強く感じるものでした。
ただ、私にとってそれは「盲点の窓」の範囲ではなく「開放の窓」の領域だったり(心配しなくても誰から見ても大したことない奴ですよ)、全く身に覚えがないことだったので、純粋に「…何でこの人はこんな風に思ったんだろう?」という疑問が膨らみました。考えられる原因としては、「自覚がなさそうに見えた」か、「調子にのっているように見えた」か、「私に謙虚さが足りなかった」か、どれかでしょうか。
お調子者であることは否めないし、あんまり否むつもりもない。イエーイ。
でも確かに、調子にのり過ぎる時もある。
私、何かしたんだろうか。したんなら謝るけど、そういう感じでもない。わたしは別に敵意を持っていないし、否定するつもりもないのに、ガンガン悪意を向けられる不思議。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
直接、話を聞いてみたい。抗議とかでなく、純粋な興味として。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
今後に活かすために学習したい
@shinoegg これと同じ心境っぽいですね → 半年以上嫌がらせメールを送ってきた相手と直接会ってきた|星井七億|note(ノート) https://t.co/Du6WmtX1Js
— トユ (@meity5) 2016年5月11日
@shinoegg うーん…。敵意がないと伝えても「何が悪いのか全然わかってない!」という具合に、相手に火をつけてしまうのでは。直接質問しても、志乃さんの納得いく答えが返ってくる可能性は低いと思います。間に人を挟むか、これ以上のお付き合いはご遠慮願うか、だと思われますが…。
— 目眩 (@notice_ice) 2016年5月11日
価値観の違いであって、善悪の話じゃないと思うんですけど、そこから違うのかな。前提の違いを感じます。良薬口に苦しといいますし、私に何か反省すべき点があるのなら、参考にしたいなあなんて思うんですけど。納得いく答えというか、説明が欲しい感 https://t.co/r3dWq1xKJo
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
「そう思った根拠」を具体的に教えてほしい。
その悪意を私にぶつけて、どうしたかったのか。
その目的は達成できたのか。
達成できていたとして、そんな自分についてどう思うのか。
私にその悪意をぶつけてもよいと思ったのは何故か。
その「大したことはない人間」の影響力を無視できず、足を引っ張ろうとするのは何故か。
会ったこともない人間(たぶん)を、そこまで憎み、バカにする必要性を感じるのは何故か。
わたしがそれを読んで、傷つけばいいと思ったのは何故か。
無抵抗(ブログのネタにしちまったけど)の人間に向かって攻撃することについてどう思うか。
何より、「自分がされて嫌なことは、他人にはしない」が前提でないのか。
それならそれで仕方がない。
「印象」を操作することはできないし、するつもりもないんだけど。
「因果応報」を信じているので、「因」を知りたい。聞いてみたい。— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
「いや、違うけど、どうしてそう思ったの?」
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
@shinoegg なんか言われたことに興味あるのはやまやまだけれど…近しい人ならともかく、赤の他人の価値観まで追求したらキリないんじゃないかなあ。人間万能ではないし。ほっといたら…?って思うけれど…?
— yooko@修行中 (@yookobruno) 2016年5月11日
そのキリのないことを一度くらいしてみたい。私を好意的に見ない人の意見を、じっくり聞いてみたい。何か発見があるかもしれない。 https://t.co/8PUrsf4ENm
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
「私に嫉妬している」で片付けるのは勿体ないのではないか
@shinoegg しのさん妬まれていますね。そんな人はさっさとブロックでもして忘れちゃって下さい。
— tumo (@Tumo102) 2016年5月11日
@shinoegg 幸せで暢気に見える。順風満帆でなのに対して、自分は上手くいかない。
自分はあなたより上なのに、上手くいかない。だからあなたの発言は間違いで、鼻につく、だから止めろっていう妄想が原因かと。— 山中島の冒険者 (@Mattun_) 2016年5月11日
色んな本やサイトを読むと、そういうことが書いてありますよね。印象から、推測や、分析はできるけど、実際のところは聞いてみないと分からないと思うし、ただの「印象」「推測」勝手な「分析」で中傷されているので、同じことしたくないなあって。 https://t.co/GMl09Ciwqe
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
そう「見える」というだけで、「そうである」と断定したり、されたりする危険性。それこそ偏見ではないのか。
対話をしたいんだけど、多くの場合、望んでないんだよなあ。大抵は安全圏からコソコソと、ネガキャンしてくるだけなので、直接メールを送ってきたこの人、すごくレアケース。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
わたしと「関わりたくない」なら、何で関わってくるんだろう???うーん。わからん。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
ツイッターなんて特に、ブロックすれば終わりなのに、こまめにチェックしては、気分を害しているそうです。あの、それは、わたしの責任なんでしょうかね…?
「本当に必要な指摘だったら、身近な人がしてくれる」、「人の数だけ見方があって、それが真の姿だというわけでもない」「ありのままで良いので、気にしないこと」
って、色んなところで読んだけど、なんかスッキリしないんだよねえ。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
「身に覚えのない悪口」は盲点の窓?それとも、相手の妄想?
思うに、「印象」も事実のひとつで、自分では事実無根だと感じたとしても、何か原因があったのではないかと思うんですよね。ただ、大事なのはそれを受けて、どう思うかなんだろうなって。
最初に触れたペルソナの話に戻りますが、「どの人の目にうつる自分も、自分の一面でしかない」と捉えると、ひとつの悪口が真実で、それが全てだとは思わなくなる。
例えば、「放課後にタレント活動をしている美少女」が、学校では「ブス」と呼ばれてイジメられているなんてことはザラにある。本当にブスかというと、そういうわけではなくて、言っている人の印象であるというだけなんですよね。
学校という狭いコミュニティの中にいると、そこで言われたことが自分の全てだと自認してしまうけれど、色んな人と出会って話せば話すほど、印象は千差万別であり、色んな人がいろんなことを言うことが分かる。
そのことから、だんだん自分の輪郭や、「傾向」がボンヤリと見えてくる。
参考にできることはして、ただの悪意だったらスルーして、自分の輪郭を知る手がかりになればいい。
悪口は魅力的
@shinoegg 私も感情入れないから聞かせて欲しい、と思ってたのでそうしたことがあるクチです。今も悪口?に惹かれるけど、同じく残りの人生の時間が減るなら、褒めてくれる人の言葉を聞くことにし…たいです
— まいあDX【公式】@雑育児 (@maiaxxx) 2016年5月11日
@maiaxxx 「悪口に惹かれる」って表現にハッとしました。なんかある意味、魅力を感じてしまいますね。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
自分を傷つける意見でも取り入れて成長したいという気持ちは、自傷行為にも似ている。「今のままの自分ではいけない」という自己肯定感の低さから来ている気もする。
自分を大切に思ってくれている人は、自分の至らない点を注意する時も、配慮と愛情を持って伝えてくれる。それでは足りないと感じるのは、何故だろう。
自己肯定感が低いせいか、褒め言葉はすんなり入らず、悪口が魅力的にうつる。
自分に向けられた、罵詈雑言のゴミ溜めの山に、自ら突っ込んで言って、宝探しをしている気分。ただの八つ当たりだったり、ストレスのはけ口にされているだけだったり、意味のない理不尽な悪意だったりと、徒労に終わることも多いし、何より、本人と対話ができないことには、どこまでいっても「憶測」で、虚しさもある。
そして悲しいことに、おそらく相手はそこまで深く考えちゃいない。
価値観が違うもの同士だと、共感を求めたり、理解を求められても、「考え方の前提」が違うので、平行線な場合も多い。
@performerouka 「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前の中ではな」は名言ですね
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
これは、相手を肯定する言葉でもある。
多様性を認めるって、きっとこういうこと
生きていると、どうしても好きになれない人がいる。その人が、たとえ親であっても、子であっても。誰であっても。人を好きになれない自分を責めることはない。しかし、相手を責めることでもない。もう、心で付き合うことはあきらめて、頭で付き合うしかない。嫌いな相手は、上手にあきらめるのだ。
— 小池一夫 (@koikekazuo) 2016年5月11日
多様性を認めるために、重要になってくるのは「距離をとること」。多様性を認めるというと、自分の領域内に全て受け入れなければならないと考えがち。でも多分、そういうことではなくて、自分の領域も、相手の領域も、侵害しないし、されないということだと思う。
— 志乃 (@shinoegg) 2016年5月11日
「相手の気持ちになって」考えてるんだけど、結局は推測でしかない。感覚が違う、価値観が違う相手に共感ができなかったとして、それは向こうも同じなんだよな。共感は求めてはいけないし、求めるものでもないんだろうな。
— 志乃 (@shinoegg) 2016年5月11日
「まあ、いっか」は強さと優しさの産物
「まあいっか」「ごめんなさい」「ありがとう」
この3つの言葉を大事にするだけで幸せになれそう— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
わたしは子どもの頃から「ごめんなさい」ばかり言ってた気がするし、御礼を言うべきところでも咄嗟に謝ってしまっていた。そんな私を見て「ありがとう」の大切さを教えてくれた友達がいた。大人になってからは「まあいっか」の練習中。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
「まあいっか」の大切さは、うつ闘病期に必要に迫られて学んだことでもある。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
「まあいっか」という言葉を使うには、嫌なことに対するスルースキルや、自己肯定感、周りへの信頼が必要。あとは「諦める力」か。諦めと聞くと、若い頃はネガティヴなイメージが強かったけれど、許容力がないと出来ないことだ。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
自と他を両方、是とする許容力。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
このままでよいし、そのままでよい。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
「まあ、いっか」、深い。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
色々あるけれどイッツオーケー
(ポルノグラフィティ『マシンガントーク』より)
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
相手の領域を侵害したくなった時にも「まあ、いっか」はとても有効だ。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
思い通りにならないことに駄々をこねても仕方がない。自分がどうありたいか。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
そういう人もいる。否定はしない。否定されても、「まあ、いっか。」
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
悪意を向けられた時、好意の有り難みを感じることが出来る
だからこそ、好意的に見てくれる人の存在が、とてもありがたいんだなあって。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
何度でも書きますが、自分のダメっぷりについて考えれば考えるほど周囲への感謝の気持ちが湧いてくる
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月8日
素敵な人に囲まれていて、とても幸せだなあとしみじみ思う。わたしに付き合ってくれている時点で、心が広いのはまず間違いないし。
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月8日
人間は「何かに心から感謝した時」に、幸福を感じる生き物なんだそうです。
「ごめんなさい」と自己嫌悪したり、悪口に苦しんだりしても、最終的に「ありがとう」と「まあいっか」に辿り着くなら、それだけ幸せに一歩近づけるのかもしれない。
私「あのさ、パパは、私の悪いところって、どこだと思う?」
夫「悪いところ?う〜ん」
娘「チビ乃、しってるよ!」
私「えっ!どこ!?」
娘「おなか」確かに今日、下してた
— 望月志乃🌞ADHDだヨ!全員遅刻 (@shinoegg) 2016年5月11日
「大事にしたい人」を大事にしたい。
コメント
とても参考になった記事。私も同じような所で堂々巡りしてました。同じ気持ちの人がいる、と思うだけで励まされる。ごめんなさい、よりまいっか、ありがとう、を増やしていきます。本当にありがとう。