そう思うこと自体、驕りなのかもしれない。
ただ、恥を忍んで、ここのところ考えていることを形にして残しておく。
発達障害界隈の空気、変わったよね
わたしがこのブログで発達障害をカミングアウトした頃、ネットでは当時者たちによるネガティブな言説ばかりが目立っていて、なかなかポジティブな話をできない状況にあった。
発達障害「児」にスポットを当てた書籍やサイトは数多くあっても、発達障害当事者「ママ」に向けて書いた書籍が見当たらなかった。どこにも情報がなく、まるでどこにも居ないようで、そんなのはおかしいと思って声をあげた。
暗い空気を少しでも変えたくて、「色々あるけど、ありのままの自分を認めて、明るく前向きに生きていこうや!」というメッセージを伝える発信を始めてから、もう随分経つ。
激しい批判を受けることも多々あったけれど、その一つ一つに、少なからず共感もしていた。
発達障害があったって、ポジティブなことを考えてもいい。
みな、誤解ばかりされてきた人生の中で、疲れ切っているように思う。
発達障害は個人差が激しいのに、重度の人も、軽度の人も、一緒くたに語られてしまう恐怖。
高望みも、失望もされたくなくて、「ポジティブを押し付けるな」と感じる人がいる。
それだけの苦しみを経験してきているからであり、自然な感情であって、何もおかしなことではない。
その”疲れと、世間に対する怯えのようなもの”が、自己防衛のために、攻撃性を帯びることがあったというだけなんだと思う。
以前のように「前向きなことを言う奴は、苦しみを何も分かっていない。世間に誤解を広めるな、黙っていろ!」という、目には見えない”圧力”を感じることが、本当に少なくなった。
ツイッターには今日も、発達障害へのポジティブな意見が溢れ、「胸を張っていこう!」という、大きな波を感じる。
それはまるで、「前向きな意見を言う当事者にも、発言権と、居場所ができた」ようにも思えた。
あんなに批判コメントに怯え、深く心を痛めていたのに、それがいざ無くなってみると、寂しさが残るんだから不思議なものだ。
「発達障害について明るい話題を言いやすい空気を作りたい」
そう思ってやってきたものだから、自分の存在意義について疑問を感じることが多くなった。
私が何かしなくても元々、ポジティブADHD・パイオニアの大先輩がいるし。
今はもう、発達障害をポジティブに語ることも、特別なことではない。
「すこしでも空気を変えたい」と願って、何年も自分なりに闘ってきたからこそ、潮目が変わったことを実感する。
その”ムードづくり”に、少しは貢献できたのだろうか。
そういう役割を担っていたつもりで、最初から私が何かをする必要性などなかったのかもしれない。
私のやってきたことには、意味があったんだろうか。
わたしがやってきたことは、何かの役に立てたのだろうか。
ここで傷ついてきたことは、無駄ではなかったのだろうか。
願いが叶ったはずなのに、もうその必要がないと考えると、なんだか切ないという矛盾。
望月志乃の自己陶酔劇場、終焉。(開幕?)
…と、まあ、そんなわけでね。
やってまいったわけなんですけれども。
私はもう必要ないんだわ、オヨヨヨ〜ン、となってみたものの。
しんみりと卑屈になっていても仕方がない。
ここまで書いておいてなんだが、おそらく大部分が自意識過剰だし、自己陶酔以外の何者でもないのである。
そもそも、そんな影響力を持つほど、わたしは大層な人間でもないのであった。
やってきたことの意義を見出せなくなったのなら、次に何をするかを考えればいい。
原点回帰を試みるべく、我々はアマゾンの奥地へ向かった。
わたしは、どういう奴で、何をしてたんだっけ?
「発達障害者を励ましたい」とか、「発達障害界隈に少しでも貢献したい」とか、分不相応なことを考え始める前のわたしって、どういう人間で、どういうことに夢中になっていたんだっけ?
発達障害や、双極性障害や、うつ病患者や、妻や、母親や、女としての自分…。
そういう、アイデンティティの層になってしまった肩書きを、一枚一枚ベリベリと剥がしていった時、わたしの核には何が残るんだろう?
そんなようなことを考えている折に、とあるトークイベントに、ゲストとして呼んで頂けることが決まった。
お調子者、呼ばれる。
わたしの代表作は、これらしい。
MC:ぐうたらこさん「志乃さんの代表作として、これ紹介してもいいですか?」
……これかーーーーーーーー
今まで散々クソ真面目な記事を書いてきたんだけど結局そこかーーーーー
そこになってしまうのかーーーーーーー
わたしが生み出した、例の漆黒の物体は、世間にあまりに大きなインパクトを与えたらしい。
「志乃さんといえば、黒いタルトタタン」という、そんなインパクトを。
励ましたいのではなく、笑わせたい。
なんだか、最近悩んでいたことの、正解が分かったような気がした。
発達障害をカミングアウトする前の私が、笑いを取りたくて、仲間たちとゲラゲラ笑っていた頃の記事。
この記事で、多くの方に笑っていただいた一方で、「こんな失敗をするなんて信じられない」とか、「真面目にやってないからミスするんだ」とか、「注目されたくて、わざとミスしたんだろう」とか、「ヘラヘラ笑って、まるで反省していない」だとか、わたしの失敗と、笑いに変えようとする態度について、そりゃもうべらぼうに怒られて、それ以来ずっと萎縮していたのだった。
あの頃はまだ、不特定多数から批判されることに慣れていなくて、自分の立場と、心を守る必要があった。
でも今なら、叩かれることに慣れているし、ここまでこのブログを応援してくださった皆さまなら、私がヘラヘラ笑っていても、本当はどういう人間で、裏で何を考えているのか、分かっていただけるんじゃなかろうか。
わたしが問題提起をしたり、ムードを変えるために闘うべきだったのは、同じ発達障害の仲間ではなくて、黒いタルトタタンの記事に押し寄せた「他人の失敗に厳しい社会の圧力」だったんじゃなかろうか。
「志乃さん、料理本は出さないの?」
みんなが私に期待し、待っているのは、次なるタルトタタンだったんじゃなかろうか?
わたしが欲しかったものは、ウケだったんじゃなかろうか?
陣痛をネタに、激痛に耐えながらウケ狙いに走った女が、今さら何を言っているのかという話ですが。
そんなことを考える、今日この頃です。
わざと料理を失敗するなんてことはしませんが。
失敗を明るくネタにすることなら、できるかもしれない。
そして、振れ幅が大きく、ジメジメとクソ真面目なことを考えるのも、私の側面のひとつなので、誰のためでもなく、自分を励ますために、これからも書いていこうと思います。
そんなことより
それはまあ、置いといて。
6月15日(日)12:30から、吉祥寺に、お暇なら来てよね。
これからの、明るい話を、“みんなで”しよう。
では、また。
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